20170927

絵描きが「見ていない」なんて言っていいのか




絵描きが「見ていない」なんて言っていいのか
見ていないわけじゃない
見ているさすごく
とても見ているさ
でも、
「見ること」はどうも目だけでされるものではない
すごくすごく見ようとすると
目だけじゃないって
目だけで見ていないって
「見る」は目の係っていつからか分担されたみたいだけど
そりゃたしかに像を映すレンズが仕込まれてるけど
耳で見るものもあるのさ
鼻から見えるものもあるのさ
手触りが見せるものがあるのさ
私を取りまく空気が気づくもの
体の境界を越えて
内臓包んだ皮膚を微分して
まわりへ浸透していく体の細胞が
味わう視覚
描く手が見ることを先導するのさ
手は知っている
これは見るに値する「なにか」だよ
って
見るよりも先に多分
からだが気づくんだ
そうだ
からだで見ている
からだぜんぶで
いやちがうもっとだ
からだをとりまくものも
ぜんぶだ
ぜんぶつかって
ぜんぶでみている
ぜんぶが塵だ
塵の一つ一つが目だ
塵の一つ一つが身体だ
塵の一つ一つは分解された「わたし」だ
塵を漂わせている空気がわたしだ
その空間を見ているわたしがわたしだ
そこに分解され
分身している私を見ているわたしがいる
ひとりのわたしが目を瞑る
すべての私が目を瞑る
ひとりのわたしが瞑っていても
同時にすべてが見えている
時間を超えて
いまここの場所をくつがえして
鉛筆を持って
絵筆を握って
描くことで目が増える
描く目が開く
たくさんの目が
たくさんのからだが
うん
だから
絵描きはちゃんと見ているのさ