20171225

空想画廊Vol.3 #2「朝焼けに約束の輪が落ちてくる」


人類がことばを獲得した地から15万年かけてあるいてアラスカへ渡り、ついには南米最南端へといたったとある部族の物語の痕跡がそこかしこに残っている河原。その水の成分は一万年前のそれとおなじであり、つい昨日とおなじ。そして一万年前がいまこのときであるかのような水の音とにおい。
そこはみんな昔から「魔の三角地帯」と呼んでいる。しかし、なにかと忙しいのだろう、なんとも仰々しい名前がついているわりには、まあ、おとなも忘れているわけではないのだが、かといってわざわざやって来ることのない場所。けっきょくその場所ではこどもだけがその遊びを遊ぶことになる。
夜。わが家のさるぼぼのいつも持っている明かりがいつもどおり壁にかかっていたので、こっそりと借りて、家を出る。さるぼぼの赤い光なら感光しないのだ。河原にアールペッコ、その上にいつかの少年少女雑誌の付録の青写真をつくる装置とおなじように感光塗料をうすくひろげておいたキャンバスを置いて、それをひっくり返して伏せておく。塗料は友だちが分けてくれた。その友だちのお兄ちゃんは、街の発明展で金賞をとったことがある。でも、これをどちらが作ったのかは不明。
仕上げは大気圏の上から、地上100㎞より上からふりそそいでくるミューオン、ニュートリノ、中性子、そして空気中で発生するチェレンコフ光だ。しかし衣のすそに朝露のような茜色がうつる、そんなチャンスは一度きり、このふたつの心臓の大きな川に朝焼けがやって来るとき。これは太陽光だから、その後数時間おくともう露光オーバーで真っ黒になってしまうし、学校に行ってすっかり忘れていたら、だいたい雨が降ってきてキャンバスが駄目になる。
夜明け、まだ霧が晴れていないころ、もう土間にいる母親やまだ寝ている父親に気づかれないように起き出し、河原へ。でも黒いラブラドールがついてきた。
時間はいいぐあいに経過している。がらがらと石ころを踏んで歩いてあの場所へ。さいわいなことにアールペッコは獣に物色されず、きのうのまま、裏返しのままだった。
ラブラドールが鼻先をアールペッコにくっつけようとするのをおさえてじっと目をみてやる。ことばを発せずともおすわりをする。
アールペッコに息を吹きかけて、それが滲んで広がったらころあいだ。こごえる両の手のひらが切れないように、冷たいそれをそっとはさんですぐにひっくりかえして、キャンバスの写像をみた。
やっぱりそうだったのだ、あのことばだけは一万年前から変わらずこの世界に残っていたのだ。いまは驚いてしまって、いつか街のデパートで買ってもらったあの透き通ったリング状のポップカラーのキャンディしかおもいだせないけれど。顔をあげた。もうすぐ朝ごはんだろう。キャンバスをだいじに両腕と胸で抱きしめ、くるっとふりかえって家へ。走る。走る。ラブラドールも駆け出す。追い越していく。これは学校へ持って行ってあの友だちに見せよう。





文/ 半田哲也
絵/ 細木るみ子「朝焼けに約束の輪が落ちてくる」