20180313

鑑賞のヒントその3「手に負えない謎」



中学生でも「そっか!」を目指すシリーズ、そろそろ全世界の画家から怒られそうな気配・・・^^;ってあまり読まれてないか笑

鑑賞のヒントその3「手に負えない謎」

いままでね、「絵」を描いているときに
観察通りに描こうとすればするほど
まとまりがなくなってしまったことはないかな。
頭の中にあるチューリップイメージで
何も見ないで描いたほうが、単純な絵だけど
わかりやすいよなぁって。
観察して描いていると
普段なにげなく見ているときとは
比べ物にならないくらい
ヘンな色とかヘンな線とか見えてくるじゃん。
チューリップなのに赤の中に青が見えるとかさ。
葉っぱのめくれてる部分の線がよくわかんないカーブとかさ。
それでさ、そこで見えてきたものをそれでも
なんとか「絵」に全部盛り込もうとするじゃない。
すると観察して見えたものを描いたはずなのに
ぜんぜんチューリップらしい絵にならないんだ。
なんか本物らしくないというかさ。
だからね。例え観察して描いていたとしても
「上手く描けた絵」になったな!って
納得するものにしたいときには
実は見えてくるいろいろなものを捨てて
「チューリップらしさ」だけを取り出して
描かないと、そうはならないんだよね。
チューリップたった一本でも
「何を」選んで(つまりそれ以外を捨てて)
「どう」描いていくかっていうのは
とても難しい問題なんだ。
その取り出し方と
どう描くかの工夫の違いが
画家の表現の違い、つまりオリジナリティになってくる。
なんて、説明が雑で全世界の画家に怒られたりして笑
もしくはチューリップらしさを排除しました
みたいな作品もあるだろうけどね。
でも、その場合は、まずはチューリップありきじゃないと
成り立たない難しさがまた出てきたりしてね。
(この話は別の機会にね。)
それでさ、私の場合は「上手く描くこと」にあんまり
興味ないのよね。
チューリップ「らしく」見えるように描くなんてことは
つまんなくてさ。ドキドキしないのよ。
描けば描くほどチューリップらしさが分からなくなる
「謎」=「手に負えないところ」に妙にワクワクする
っていうかさ、惹かれちゃってたまらないのさ。
だってさ「らしく」描こうと思った瞬間にもうそれ、
あたしの「知ってる」チューリップ像だもん。
全然興奮しないね!
あたしはさ、知らないチューリップの顔を見つけて
それを絵にしたい。
でもそれって、いばらの道っていうかさ、
そもそも、そこに興奮するって
どうなのよ?っていう話なのよね。笑
つまりそれって、
見た人が「これなんなん?」
これ・・・「絵」なの?って
ちゃぶ台ひっくり返されるようなことを
言われる危険性が常にあるのよ。



続く