20180703

Diary

昨日は制作時間は短かったけれど作業の質は良かった。鉛筆を重ねる毎にイメージが溢れ暴発していく。この追いつけないほどの混沌感覚というのは実は制作過程では重要で。
ここで勘違いされがちなのは「細木が興奮してる、細木が恍惚となっている、細木が混乱している」(笑)と。そうじゃない。まぁそんな風に作者を解読するように絵を愉しんでもらってもかまわないのですが。
でも、恍惚としてたら絵は描けないわけで・・・。
現実はこつこつと具体化(実際化)していく働き者の小人状態っていうのが、制作のほとんどを占めており、(これは実際ジミ)「もの作り」はそれが前提(働き者の小人)だったりするわけですが、わたしの作品の場合、案外分かってもらえていない気がする…

例えて言うのなら、興奮恍惚起動スイッチを紙と鉛筆でこしらえているようなもので。紙と鉛筆っていうとてもシンプルでジミでデッサンな画材なので、それはそれで今度は「くそまじめで小難しそうなものだから理解しなければこの絵はわからない。・・・でもぜんぜん理解できないわぁもう無理!」って思われたりもしてる気がします。
かなり危険区域に手を突っ込んでいるのですが。
けれども一見白黒でジミだから笑

危険区域でこつこつ作業している小人たちのすがたを思い浮かべてもらえると幸甚です。(←いまここ)笑

今朝も早よから、チラっと絵を眺めたりいろんな音源聴いたり、昨日の言葉を直したり。制作はこれから。


2012年の鉛筆素描、F10。